寝ても醒めても
大きな扉を前にし、アシャンこと−アシャンティ=リィスは一瞬ノックすることをを躊躇した。 それもそのはず、これから自分はとんでもないことを申し出ようというのだから。 「大丈夫かい?何だったら俺が・・・」 と、心配して下さる方もいたのだが、そのときアシャンは大きくかぶりを振った。 「いいえ、これは私の問題ですから・・・」 そう言ってアシャンは気強く笑った。 しかし・・・やはり心苦しい。 どういったわけで自分が、このアルバレア王国の栄えある『聖乙女』候補に選ばれたのか定かでないが、それでも選ばれたからには、自分なりにライバルに負けないくらいの努力を積んできたつもりだ。 それなのに− それらをすべて捨て去ろうというのだ。 たった今。 自分で決めたことなのだから後悔はすまいが、 これまで見守ってきて下さった現聖乙女のマリア様になんと言ってお詫びすればいいのだろう。 そう思うとアシャンは、申し訳なさで胸がいっぱいになる。 けれど、しこりを残したままここを去る方がもっと辛い。 意を決して、アシャンは扉に手をかけた。 ◇ ◇ ◇ 「仕方ないわね」 小さなため息をつきつつもあっさりと承諾したマリアの態度に、 アシャンは拍子抜けする思いがした。 そんなアシャンに気づいたのか、マリアがフッと視線を和らげる。 「どうかした?アシャン」 「え?ええ・・その・・私・・・もっと・・」 「怒られるかと思った?」 「はい。いっ、いえ・・あの実はそう・・です」 いたずらっぽい笑みを浮かべてマリアは、 恐縮しているアシャンを眺めて言う。 「ふふ・・・正直ね。 確かに聖乙女候補生の一人であるあなたを失うことは寂しいわ。 でも、これは強制ではないもの。 王都に出向いてもらったのも、あなた達の合意の上でのこと。 これは・・・わかっているわね」 マリアの言葉にアシャンはうなづく。 そう、ここにきたのは自分のため。 もし自分が聖乙女になれる素質があるのならやってみよう、 そんな気持ちからだった。 そうでなくても、アルバレアに住む少女なら誰もが聖乙女に憧れるもの。 だからこそ、アシャンもこのはるばるこの王都へやってきたのだから。 マリアの話は続く。 「でもね、アシャン。あなたは忘れているわ。 あなたは候補生を辞退することを大層気に病んでいるようだけど、 それは仕方のないことだと私も分かっているつもりよ。なぜって・・・ 『聖乙女』は、その愛が一人に向けられることにより、力を失いその資格さえ失ってしまうのだから−」 「!」 「口ではどうとでも言えるけど、心は偽れないものね。 あなたの選択は決して後ろめたさを感じさせるのではないのよ。 だから・・・ね。 あなたはあなたの幸せをつかみなさい。アシャン」 そう言うマリアの顔は慈愛に満ちていて、 その名のごとく『聖乙女』にふさわしい温かな笑みを浮かべていた。 「あ、ありがとうございます!マリア様!」 潤んだ瞳でそう言うと、アシャンは深く頭を下げその場を離れた。 その足音が次弟に遠のいてゆく・・・ 残されたマリアは少し寂しげな表情で、窓の外を−駆けてゆく少女の姿を見送っていた。 少女の目指す場所・・・ それは聖騎士の住む『騎卿宮』に他ならなかった。 ◇ ◇ ◇ 他人が見たら滑稽だろうと思う。 ましてや部下などに見られようものなら赤面ものだ。 しかしながら、どうしても落ち着かない。 百戦錬磨の自分が熊のように部屋の中をうろつくことしか出来ないのか。 「ああ、もう!」 そんな自分が情けなくて、頭をかきむしりたい衝動にかられた。が、 辛うじて思いとどまったのは、その時聞こえたノックの音故だ。 「おう!入ってくれ」 今までの動揺を見せまいと、その部屋の主−赤炎聖騎士団長、レオン=デュランダールは、慌てて居住まいを正した。 が、それも一瞬の出来事。 返事をした途端、バタンと扉を開け放ち自分に飛びついてきた者がいたのだから。 「レオン様!」 「ア、アシャン!?」 満面の笑みを浮かべて勢いよく抱きついてきたのは、レオンにとってもはや掛け替えのない少女。 そして今の今まで心底心配していた相手でもある。 レオンはしっかりと少女を抱きとめ、その緑の瞳を覗き込んだ。 心持ち、不安そうな顔で。 それに応えるように、少女・・・アシャンはにっこりと笑う。 「大丈夫でしたよ。ちゃあんと分かっていただけました」 それを聞いて、レオンはやっと安堵したように微笑んだ。 「そうか・・・よかった。よかったよ、アシャン」 「はい、レオン様v」 答えてアシャンは再びレオンに抱きついた。 そしてそのまま瞳を閉じてじっとしている。 「ア、アシャン・・・?」 レオンが訝しげに問うと、アシャンは夢見るような顔で呟くのだ。 「・・・こうしていると、なんだか落ち着くんです。不思議ですね・・・。 レオン様といると、レオン様にこうやって抱かれていると安心するんです。 私がどんなに突っ走っても、レオン様ならこうやってしっかりと受け止めてくれるって分かるから、信じられるから・・・。 だからきっと、甘えちゃうんですね・・・」 そう言って、アシャンはレオンに笑いかけた。 照れ隠しのようにはにかみながら−その様がとても可愛くて愛しくて・・・ 思わずアシャンを抱く腕に力が入った。 「!」 腕の中でアシャンが小さく声を上げたのに気づき、レオンはハッと縛めを解く。 「ご、ごめん!アシャン、つい・・・」 プルプルと首を振るアシャンがまた愛しくて・・・ 今度は壊れ物を扱うかのようにそっとアシャンの顔に触れ、 そしてその小さな唇にやさしく口づけたのだった。 「あ、どうしよう・・・」 レオンの腕の中で、不意にアシャンがつぶやく。 「ど、どうかしたのかい?」 「私、候補生でなくなったから、『聖女宮』から出て行かなくちゃって・・・」 「そうか・・・そうだね。 すぐには追い出されはしないだろうけど、いい気はしないだろうな。 かといって、ずっと『騎卿宮』でこうしているわけにも・・・」 言いかけて、レオンは赤面する。そして− 「そうだ、アシャン! アシャンさえよければ、しばらくの間俺の家にいたらどうだろう? いや、いて欲しい。そこなら俺も安心だし、妹のハンナもきっと喜ぶと思うんだ。そ、それに今度は・・・正式に家族に紹介したいし・・・・」 しどろもどろに言うレオンにアシャンはクスリと笑った。 一年前、レオンの家に招待されたアシャンはまだ聖乙女候補生だった。それが今度は・・・ 王都に来た時には思いもよらなかったことである。 「私・・・候補生になってよかった・・・。 だって、レオン様に会えたんですもの」 「アシャン・・・」 「でも、レオン様。ファナかミュイールのどちらが新しい聖乙女になっても、 私より好きにならないで下さいね」 アシャンがまじめな顔でそう言うと、 レオンはアシャンを抱き寄せ、耳元でそっと囁いた。 「俺の聖乙女はアシャンだけだよ・・・」 「レオン様・・・」 −そうしてまた互いの温もりを確かめ合う。 これからもずっと。 寝ても醒めても・・・。 |
| FIN |
《あとがき》 砂吐いて書いてました(^_^;)でもアシャンとレオン様はゲーム内でもラブラブなので、わりと書きやすいカップルですね。 |