さて、山では夜叉王がにこにこしながら茜の帰りを待っていた。 「よく戻ったな、茜」 娘の顔を見ると彼はさっそく声をかけた。が、茜の顔が浮かないことに気づく。 「どうした?」 「う、うん・・・あの・・・その・・・」 「なんだ、はっきり言わんか」 そこで、茜は意を決したように言った。 「あの! あたし持って来れなかったの!」 「だから、何を!」 「だからぁ! 宝を持ってくることだよっ!」 茜はヤケになって怒鳴った。すると、 「なにぃ?! しくじったのかぁ?」 夜叉王はすっとんきょうな声をあげ、茜は体を小さくした。 「ご、ごめんなさいっ!ちゃんとするつもりだったのよ。頑張ったわ。だけど・・・」 「だけど・・・?」 茜はこれまでの経過と自分の思いをありのままに語った。 「・・・で、どうしても奪ってくることなんて出来なかったわ。 だって、だって・・・あたしと同じになっちゃうもの!」 「そう・・・か」 茜の話を聞き終わった夜叉王は、一言つぶやいた。 その顔を見て、茜は驚いた。夜叉王の瞳に涙が浮かんでいる?! 「お前の言うことはよ〜く分かった。わしは嬉しいぞv」 「え? なんで? あたしはねー」 失敗したのよ、と言いかけて夜叉王に制された。 「まさかそんな展開になろうとは夢にも思わなかった。 そうか、亜季のことまで想ってくれたか・・・。それだけで十分だ。 亜季もどんなにか喜んでいることだろう。 こうやって嘘をついた甲斐があったというものだ」 「は?」 はて聞き間違いか。 「実はな、十五の儀などまっぴら嘘!」 「ほ?」 「このところ部屋に閉じこもりきりで、元気がなかっただろう? しかし、お前は何も話してはくれぬし、 いったい何を考えているのかわしには分からなかった。 そんなにここが嫌なのかと思ってな。 それなら何か口実を作って外へ出向かせ、 楽しい時間を過ごさせてやろうと考えて・・・ お前の性格を考えれば、絶対ムキになると思って、わしは憎まれ役を演じたわけだ。 訓練といえばまんざら嘘でもないし。 ましてや領主の宝など目的が大きい方が燃えるものだ。 これこそ一石二鳥。ところが、ところが、思わぬことが功を奏したようだ。 ひょうたんからコマ、棚から牡丹餅。いやあ、よかったよかった! うんうん、やっぱりお前はわしの娘じゃ〜v」 話を聞いている間、茜は自分の頭に血が上っていくのを感じた。 今の今まで黙ってきいていたが、もう我慢できない! 「こ、このくそおやじ〜〜〜!!冗談じゃないわよっ! あたしがどんな目にあったか知らないからそう言えるのよっ。 楽しいですってぇ〜?! 何が棚から牡丹餅よっ! ふざけんのも、いいかげんにしろってのよ!!」 怒り心頭とはこのことである。 ところが、当の夜叉王は茜の怒りにも動じることはなく・・・ いや、別のことに感じ入っているらしかった。 「・・・今、なんと言った? 『くそおやじ』・・・とそう言ったな」 「・・・・・・・・」 見当はずれなコトを言われ、茜は気勢をそがれてしまった。 な、何を言っているのだろう・・・まさか・・・ 仮にも夜叉王はこ鬼の頭領である。 その彼をよりによって「くそおやじ」呼ばわりなど無礼の何ものでもない。 (や、やっぱまずかったかしら・・・) と、茜は急に不安になった。 が、夜叉王は目を細めてつぶやいたのである。 「おやじ・・・何度その言葉を夢見たことか・・・」 「!」 腹立ちまぎれに放った言葉なのに・・・ それに涙ぐむ夜叉王の姿を、茜は新鮮な驚きを持って見つめた。 ふと、夜叉王が顔をあげる。 「茜・・・」 「は、はい!」 なぜか緊張してしまう茜。 そんな彼女をあたたかく見つめて彼は言った。 「今度はぜひ『父上』と呼んで欲しいなv」 「はああ・・・?!」 どーっと脱力した茜だったが、なんとなくそういう夜叉王が可愛く思えて、 さっきまでの怒りはどこへやら、茜はクスリと笑ってしまったのである。 しばらく二人の間をほのぼのとした空気が包み込んでいた。 が、茜はハタと気づく。 「あ・・・? じゃ、藤丸も共犯だったのね!」 「共犯などと人聞きの悪い・・・ 協力と言え、協力と。お前のことが心配でな、わし自ら頼んだのよ。 あやつは立派に役目を果たしてくれたのだ。感謝せねばなるまい。 ・・・では、茜。疲れたであろう、ゆっくりと休むがよい」 その言葉に従って茜が部屋を出ていこうとした時、 「あ、茜!」 夜叉王が呼び止めた。 「?」 「ずっと・・・ここにいてくれるな?」 それを聞いて、茜は照れくさそうに言った。 「当然よ、ここはあたしの家なんだから。ね、父上!」 そう言う愛娘の姿を見送りながら、 夜叉王は満足そうに何度も何度もうなづくのであった。 ◇ ◇ ◇ 「ごくろうだったな」 茜が退席すると、夜叉王は最も信頼する青年を呼び寄せた。彼は今上機嫌である。 「それにしても、茜があれほど変わるとは思わなかったぞ。 父上・・・なんて言ってくれたしなv」 それに対して青年の反応は心なしか冷たい。 「それはよかったですね。少しお灸が効きすぎたみたいですからね」 「なんだ、その言い方は」 「別に。ただ茜さまには少し酷だったのでは、と。 何も子供を奪うなどという非道なマネをさせなくてもよかったのでは、と思いまして」 「ちょっと待て! わしは本当に知らなかったのだぞ」 「え?」 「ホントにあれは口から出まかせだったのだ。 まさか赤ん坊がいるとは思わなかった」 「・・・・・・・」 「本当だと言っておるだろう。なんだ、その目は」 「別に。私は何も言っておりません」 「う・・・。ま、町での茜の様子はどうだった?」 気まずい雰囲気を和らげようと、夜叉王はさりげなく?話をそらした。 「それはもう、大はしゃぎしておりました」 「そ、そうか。それはよかった、やっぱりたまには・・・・ あ、これ! どこへ行く?!」 話半ばで出て行こうとする藤丸に気づき、夜叉王は慌てた。 しかし、青年はすでに戸口に手をかけていて・・・ 「何か用でも?」 と振り向く様は、何か有無を言わせない雰囲気で。 (挨拶ぐらい言えばいいものを、無礼な奴め・・・) とまあ、一言言ってやろうと思っていた夜叉王だったが、実際彼の口から出た言葉は、 「い、いや、なんでもない。下がれ」 ・・・なんとなくタジタジになってしまったのである。 「そうですか、では・・・」 そう言って青年が出て行った後・・・ (ふう〜、しっかりしているのも考えものだな。 あやつの両親が亡くなって今までわしが面倒みてきたが・・・ 最近あやつに頭が上がらんようになった。わしも年かな〜?) なんてことを考えつつ、肩を落とす夜叉王の姿がそこにあった。 ◇ ◇ ◇ 「藤丸!」 夜叉王の部屋から退出した彼の前に、まるで見計らったように茜が現れた。 それもそのはず、実は茜は藤丸が出てくるのを今か今かと待ち伏せていたのである。 それでも彼はなんら動じることはなかった。 「何か?」 「あんた、よ〜くも嘘ついてたわね〜」 「そりゃ、もちろん。殿の言いつけですから」 「そりゃそうだろうけどっ! ・・・ま、ね。許してあげてもいいわ。あんたには借りがあるんだし。 あたし、少しは感謝してんのよね」 助けてもらったし、あの時の言葉だって・・・ と珍しく茜はしおらしい様子を見せた。が、 「あれで、ですか?」 という藤丸の科白を聞いて、カチーン!ときてしまった。 「ちょっと、どーいう意味よっ!」 すると、彼はまじめな顔できっぱりと言い切った。 「『まずい』おにぎり」 「・・・あ、あんたねー。人がせっかくお礼を言おうと思ってわざわざ待ってたっていうのに、 もう少し素直になったらどうなのよっ!! ええ、ええ、そうですとも! まっず〜いおにぎりだったわよっ! 頬が落ちそうなくらいまずかったわよっ!・・・・あ、いたた・・・! ほら、ごらんなさい! あんたのおにぎりのせいで・・・つつつ・・・ お腹が痛くなったじゃない! たたた・・・」 言いながら茜はその場にしゃがみこんだ。 「どーせ、嘘だと思ってるんでしょ! いたた・・・さっさと行けば! かわいそうな少女を一人残して行けばいいのよっ!・・・いたた・・・」 そんな彼女を前に、藤丸はやれやれ仕方がないという顔をして、 それでも茜を伺うように傍らにしゃがんだ。 「大丈夫ですか? 姫」 その時! 茜は藤丸の頬を思いっきりつねった。 「―――っ! 何ふるんでふか! へめ!」 頬を押さえて藤丸は叫ぶ。 「あっはっはー、ひっかかったv あんたでも痛いと感じるんだ。 嘘ついてたのと、今までのお返しよっ!」 茜は上機嫌であった。 ところがどっこい、その隙をついて藤丸の手は、 笑っている茜の両頬をうにっと横に引っ張っていたのである。 「ふ、ふいまうっ!はなしてお! えがんじゃうじゃない!」 彼はすぐに手を離すと、ニッコリと笑って言った。 「お返しですv」 「!!・・・あ、あんたって人は―――っ!」 鬼の山は今日も平和である。 茜はまだ修行が足らないけれど、とにかく今はめでたし、めでたし(?!) |
完 |
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《あとがき》 お疲れ様でした。っていうか、果たしてここまで読んでくれる人がどれだけいるか不明・・・よろしければ、足跡をお願いします。 実は、この作品は学生時代の部誌で2度目に発表したものです。(初めての作品は「金色の帽子」) たしか、どなたかの講義の途中で思いついたんだと思います。 絵本の「やまんばの錦」が好きで、いつも悪役になってる鬼を主人公にしてみたいと思って。わりと楽しんで書いていました。 細かいところはこれまでにあちこち修正はしてますけどね(^_^;) で、キャラが出来てくると、ついつい愛着がわいてきて・・・藤丸くんの続編というか過去までできあがってしまったというわけです。 それが次の「風の言葉」です。 よろしければ、そちらも読んでみて下さいね。 |