「きゃ―――――――! きゃ――――――!! 誤解よぉ!!」 大声でわめきながら、縁側をダダダ・・・と走りまくっているのは、賊・・・つまり茜である。しかも、しっかりと壷を抱えている。 「曲者じゃーっ!曲者が忍び込んだぞーっ!」 だんだんと追っ手の数が増えてくる。茜は必死だった。 (つ、捕まってたまるもんですか! まだ本物の宝っての手に入れてないんですからねっ! だけど・・・今はそれどころじゃないわ! か、加速し過ぎて止まんないよ〜〜!! このまま行ったら、あの部屋で行き止まりになっちゃう!! えーい、ままよっ あの部屋に飛び込んじゃえ!!) そうして突き当たりの襖をバンッ!と開けた茜は顔面蒼白。 「げげっ!」 なんと、よりによって目の前にはあの殿様が・・・ では、背後で青ざめているのが奥方か。 そして、二人の間には赤子がスヤスヤと眠っていた。 「何奴!!」 と、殿様は怒鳴ったが、茜には聞こえなかった。 そう、茜は今知ってしまったのだ。殿様の最高の宝というものを・・・ (そんな・・・いや、まさか。でも、奥方が・・・えーっ! 宝って・・・もしかして、こっ子宝ぁ!? んじゃ、赤ん坊を取って来いっていうの〜!? んなアホな・・・どーすればいいのよう〜) 茜の頭は大混乱。 そんなところへ、ようやく茜を追って来た者たちがどやどやと乗り込んできたものだから、 「あ・・・!?」 気がつくと茜は・・・ 壷を放り投げ、皆がそれに気を取られているうちに、赤ん坊をバッとその手に掴んでいた。 どよめきは二つ。 「おお、壷が!」「ああ、姫君が!」 ・・・壷は誰かが受け止めたようだ。 そして赤ん坊は、茜の腕の中で泣き出した。 しかし、その場を囲む誰もが大切な姫君を人質にとられたとあって、 うかつに手出しできなかった。 ただ、一人を除いては・・・ 立ちすくむ茜の前に敢然と立ちふさがったのは、今まで後ろで青ざめていた奥方であった。 「私の子を返しなさい。子供に何も罪はないはずよ。 さあ、私の姫を返してちょうだい!」 逃げようと思えば、逃げ切れたのに・・・茜は動くことが出来なかった。 奥方の目があまりに真剣で、そら恐ろしく感じられて。 不意に・・・その目から大粒の涙がこぼれ落ちるのを見て、茜は更に驚いた。 周りの者たちも呆然としている。 すると、今度は殿様までもが、 「盗人、この通りじゃ。その壷が欲しければくれてやろう! だから、姫を返してくれい!!」 と言ってガバッと土下座したのである。 「と、殿・・・!!」 (・・・・・・・・) 茜はその二人を交互に見ると、しばらくして・・・ 奥方の腕にそっと赤ん坊を返したのだった。 「あなた・・・?!」 奥方は驚いて茜を見つめる。 けれど、茜は何も言わずくるりと背を向けると、ダッと部屋から飛び出した。 その時、今までぽか〜んと成り行きをみてるだけだったお付きの者たちは、ハッと我に返り 「何をしているのじゃ! 賊が逃げたのだぞ! 追えーっ!!」 という声で、また一斉にだだだ・・・・と追いかけていってしまった。 一方、残された殿様と奥方は、姫君の無事に涙していた。 しかし、奥方は喜びつつも、あの賊の娘が気になっていた。 (あの娘・・・目に・・・) (やだ。なんで涙なんか・・・) 茜は走りながら、ぐずっと鼻をならしてごしごしと目をこすった。 そうこうしているうちに、後ろに追っ手が見えてきて・・・ (やっば〜い! こんなところで捕まったら、あまりにもミジメだわ) 茜は庭に走り出た。追っ手もその後を追う。 庭の木々の間を駆け巡っているうちに、茜の髪は木の枝にひっかかってしまい、 結ってあった髪がハラリとほどけた。 「おおっ! あれを見ろ! 角だ、角があるぞっ!」 後ろからそんな声が聞こえたが、もはや茜は気にしている暇はなかった。 「きゃーっ! きゃーっ! どーしよー!!」 と言いつつ、やっとこさで屋敷を囲んでいる塀の上に飛び乗る。 しかし、ホッとしたのも束の間、下を見下ろして絶句する。 「やだっ!!塀の外まで?!」 屋敷の者も抜けてはいない。 二手に分かれて待ち伏せをし、塀の周りを取り囲んでいたのだ。 (もう、なんてしつこいの! スッポンみたいだわ!!) なんて、実際はそんなコトを言っている場合じゃなかった。 なにしろそうこうしているうちに、追っ手は梯子を持ち出して上ってくるのだ。 左右と前後・・・手には大きな布袋を持っている。上から取り押さえるつもりなのだろう。 (きゃーっ! きゃーっ! どーしよー!!) 茜はもはやオロオロするばかりである。 追っ手はジリジリとにじり寄り、茜を囲んだ。 茜の額に汗が流れる。 そして、白い布が一面にバッと翻った! (もうだめ!!) 茜は両手を組んで目をつぶった。 その時! 一陣の風が巻き起こり、 「あ!」と声をあげた茜を一瞬のうちにかき消してしまった。 「おおっ!!」 人々はどよめき、そして青ざめた。 「も、物の怪じゃ〜!!」 ◇ ◇ ◇ お屋敷が、町がだんだん小さくなってゆく・・・ 『栗きんとん』の上で茜はそれを眺めていた。 そして、助かったと知るやくるりと振り向いて言った。 「ちょっとぉ〜! 藤丸〜?! あんた、いたんならねぇ、もっと早く助けに来てくれたっていいじゃないっ!! そんなコトじゃあねえ、あんた、あたしのお守り役失格よ!! あた、あたしはねっ、すっご〜く心細かったんだからぁ〜〜〜っ!!」 と言うや、う・わーんと泣き出した。 《其の五》 茜は思いっきり大声で泣いた。一年分の涙を使い果たしてしまうほどに・・・ しかし、藤丸は・・・というと、別に慰める風でもなく、 ただ黙って前を向いているだけだった。 しばらくして・・・茜の声がようや途切れ途切れになった頃、 「姫、おにぎり食べませんか?」 と藤丸は振り向いた。 茜は腫れぼったい目で恨めしそうに見上げる。 「なら、いいんですが」 「食べる・・・」 ぼそっと茜は言った。 それを聞くと、藤丸は包みを取り出し大きなおにぎりを差し出した。 茜はそれを受け取り、じ〜〜っと眺めてからパクッと一口食べる。 ・・・もぐ・・・もぐ・・・ごっくん・・・ 「・・・まずい・・・」 「まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、あ〜まずい」 と言いつつ、茜は食べ続ける。 「お茶・・・」 と言うと、藤丸は差し出す。 茜はお茶を飲んで一息つくと、くるりと背を向けてため息をついた。 そうして、茜は独り言のように、ポツリポツリと話し始めたのだった。 「失敗しちゃった・・・。宝物・・・もって来れなかった・・・ 夜叉王は知っていたのかな・・・赤ちゃん・・・だったなんて・・・。 少し・・・悲しくなっちゃた・・・。だって、あの人の目っていったら・・・ あたし、おかしいのかもしれない。 ・・・一度も見たことのない・・・母さまが重なったなんて・・・ 変よね・・・夜叉王に・・・何度も聞かされたせい、かもしれない・・・ 怖かったけど、なんだか優しい気がした・・・ けど、あたし、なんだか分かった気がする・・・。うれしい、というのか・・・ ああ、何言ってんだろ、なんだかメチャクチャだな・・・ なんていうか・・・えっと、母さまはもどんなに悲しかったことだろう・・・とか思っちゃった。 あたしのコト想っててくれて、やっぱり、あたしいらないコじゃなかったんだ・・・なんて。 もちろん・・・夜叉王・・・父さまも同じで・・・うーんと・・・とにかく、 あたしは父さまと母さまのコだったりすることが、すごく嬉しくて・・・鬼でも何でも」 そこで茜は一回息をついた。 「・・・それに、それにね。 あたし、いつのまにか山の生活に慣れちゃったんだなあって思ったの。 どんなに華やかな町に出ても、話す相手も喧嘩する相手も叱ってくれる相手もいない・・・。 以前はそんなんじゃあなかったわ・・・。 おじいちゃんが死んで、あたしは隠れるように村はずれの小屋に住んで・・・ そう、一人でも平気、かえって気楽だった・・・。 なのに、一度優しさに触れるとダメなんだなぁーってね。へへっ、柄じゃないや・・・」 そう言って、茜は髪をかきあげた。 「でも、きっと怒られるだろうなぁ・・・結局出来なかったんだし・・・呆れられるかも。 どうしたらいいんだろう・・・ねえ・・・?」 と、誰かに問うた。 けれど、言葉は返ってこなかった。 (ま、いいけどさ・・・) 茜が心の中でそうつぶやいた時、背後から声がした。 「あなたが今言ったこと、感じたこと、心の内をそのまま言えばいい・・・私はそう思います」 (なんだ・・・ちゃんと聞いてたんじゃない・・・) と茜は思ったが、それを聞いてなんとなく安心してしまって− 「うん・・・そうだね・・・」 と言ってしまった。 いつのまにか目の前には故郷の山が見えていた。 |