《其の三》 次の日、天気は上々だった。 しかし、そこは真っ暗であった。 自分の手すら見えない。それにひどく埃っぽい。鼻がヒクヒクする。 そんな暗闇の中でごそごそと動く者がいた。 四つんばいになって、手探りで前に進んでいる。 と、不意に何かが手の上を走り去った。 (ひっ、ねずみ!?) その影は驚きのあまり、顔をあげた途端、 ゴチン! 「いっ・・・」 たぁ〜い!と、危うく声をあげそうになって、慌てて口を押さえる。 そう、この「いっ」の声はまさしく茜のものであった。 そして、そこは町の領主、つまり殿様のお屋敷の天井裏なのである。 (あぶない、あぶない。見つかりでもしたら首がチョンよ。これじゃホントに盗人だわね。 あーあ、蜘蛛の巣だらけ。きっとひどく汚れちゃったわね。 ・・・もう、なんだっていい年の娘がこんなコトしなくちゃいけないわけ!? おかげで頭打っちゃったじゃないっ!いたた・・・」 と茜は頭をさする。幸いコブはできていないらしい。 (いいえ!弱音を吐くもんですか。ここでやめたらバカにされるだけですもん。 今度こそ見返してやるんだから。 ・・・えっと、たしかこの真下が殿様の部屋のあたりだと思うんだけど・・・ きっと、何か隠しているはずよ) そう思っていると、何やら下が騒がしい。誰かが真下の部屋に入ってきたようだ。 可能性からいえば、殿様のはずだが・・・ 茜はわずかにもれる光を頼りに天井板をそっとずらして、すきまから下を覗いた。 頭しか見えなかったが、着ている着物の派手さから見てもおそらく殿様本人だろう。 しばらくして、殿様はあとに控えていた供の者を下がらせると、 おもむろに袋棚から小さな木箱を取り出した。大きさの割には何やら重そうだ。 「ふv ふv ふv」 と不気味な声をあげて殿様が箱の中から取り出したのは、緑青色の美しい壷だった。 「ん〜、いい色じゃv」 殿様は嬉しそうに壷の表面をなでた。 (見つけた!これよ!) 茜の目は輝いた。 と、その時。 「誰じゃ?!」 先ほどとは打って変わった殿様の厳しい声に、天井裏の茜はギクリとする。 (ば、ばれた・・・!?) しかし、それに答えるものがいた。 「殿、美濃屋でございます」 縁側からである。 その声を聞いた途端、殿様は嬉しそうに 「おお、美濃屋か。ちょっと待て」 と言うと急いで壷をしまい、隣の部屋にその美濃屋なる者を呼んで出て行ってしまった。 (あー、びっくりした。あたしじゃなかったのか) ホッと息をついた茜は、 (しめた!) とばかり、スタッと天井から降りると、先ほどの壷を取り出してみた。 近くで見ると、なるほど素人目でみても美しい焼き物である。 (やったv ちょろいもんよっ! さ、これで帰れるわね。 夜叉王や藤丸はなんて言うかしらね、ふふv あたしってやれば出来るのよね〜) 思わず顔がにやけてくる。 その時突然、隣の部屋から笑い声が響いてドキリとする茜。 しかし自分のコトではないらしい。 それならさっさとおさらばすればいいものを、好奇心旺盛な少女はそれを許さなかった。 (なーに話してんのかな?・・・ちょっとだけならいいよね) と、耳に襖をピタリとあてる。 そうとは知らない殿様と美濃屋という男は、楽しそうな声で話に花を咲かせていた。 「はっはっはっ・・・美濃屋はまこと良い物を持ってきてくれたものよのう。 あの壷はわしの宝じゃ」 「いやあ、もうったいないお言葉。 それほどお喜びになられると、この美濃屋もお殿さまのために取り寄せた甲斐があったというもの。 ・・・それはそうと、お殿様。噂によりますと近頃また大層な宝が手に入ったとか」 「うん?・・・ああ、あれか。うんうん、そうじゃ。あれがわしの一番の宝じゃv」 「そうですとも。こればかりはこの美濃屋も手に入れることは、ちと無理というもので・・・」 「それはそうじゃ。はっはっはっ・・・」 再び彼らは声を合わせて笑う。 ふと、縁側からまた一人の気配。 「何じゃ?」 「は、殿。奥方さまが・・・」 「おお、噂をすれば・・・ですな?では、私めはこれにて失礼を・・・」 そうして二人が立ち上がる気配がし、それぞれ部屋を出て行ったようであった。 部屋はしんと沈みかえった。 しかし、その隣では茜が驚きの声を上げていた。 (ちょ、ちょっと、どういうコト?! この壷じゃないっていうの?! そ、そんな・・・) その時。 追い討ちをかけるように、背後の襖がガラッと開いた。 「ややっ! お前は何者じゃ!!」 (ガ――――――ン!・・・さ・い・あ・く・・・) 茜はサ――――――ッと血の気が引くのを感じた。 ◇ ◇ ◇ ほほほ・・・。はははは・・・。 屋敷の奥の部屋から、時折男女の笑い声が聞こえてくる。 「おお、よく似ているのうv」 「まあ、あなたったらまだわかりませんわ」 「いーや、よく似ておる。これは楽しみじゃ」 「ほほほ・・・」 ふと男は耳をそばだてる。 「ん?なにやら騒がしいが・・・誰か見てまいれ!」 しばらくして供の者が、走りながら戻ってきて言うには、 「殿! 賊が忍び込んだ由にございます! ただ今その者は殿が大切になさっている壷を持って逃げ回っている次第で!」 それを聞いた男女は顔を見合わした。 |