「・・・ごちそうさま」 「じゃ、出発のお支度をなさってください」 「は?お支度を・・・って、あんたは行かないの?」 それを聞いた藤丸は呆れた顔をして、 「は?・・・じゃありませんよ。何のための儀なんですか? −それとも姫は私について行って欲しいとでも?」 と、ちろっと横目で茜を見る。 それに気づいた茜はカッと赤くなった。 「じょ、冗談じゃないわよ!コロッと忘れていただけじゃない!」 「コロッと、ですか?・・・なら、いいんですけど。 ああ、そうでした。町へ行くのなら『栗きんとん』を使えとのコトです。 本来なら走って行けというところですが、特別の配慮だそうです。 え?『栗きんとん』ですか?空を飛ぶ雲のような道具といえば、分かるでしょう。他に質問は?・・・ないですね。では、ごきげんよう」 「あの・・・?ちょっと、それだけ・・・?ちょっと、藤丸−」 言うだけ言って、非常にも彼は膳を持ってさっさと出て行ってしまった。 一人残された茜は・・・ 「・・・。フンだ、いいわよ。やってやろうじゃない! 藤丸なんかにぜ〜ったいバカになんかさせないからねっ! 見てらっしゃい。鬼だろうが、蛇だろうが、ど〜んと来いってのよ!」 と、そこまで啖呵を切った時、茜は気づいた。 「あ、そーいや、あたしも鬼だっけ・・・?!」 とまあ、とにもかくにも茜は後に引けなくなってしまったのである。 《其の三》 「きゃーっ!すっご〜い、さいこぉー!!」 とは、初めて『栗きんとん』に乗った茜の感想である。 飛ぶ速さもさることながら、上空から見下ろす景色はまた格別で、すっかり気に入ってしまった茜であった。 さて、人目を避けて町のはずれに降り立った茜は、 まず『栗きんとん』を隠して、それから髪をあげた。 つまり、角を隠すために。 それほど目立つものではないが、やはり黒髪に白い小さな角は人々の目に奇異に映るだろう。用心にこしたことはない。 そうして準備が整うと、茜は町の中に入っていった。 町は小さいながらも活気に満ちていて、あちこちの店から声をかけられる。 茜はそれらの品物を楽しそうに眺めながら歩いた。 (わあ! あのかんざし、かわいいv) (あ、あの櫛もいいな) 彼女も女の子である。しかし・・・ 「おじさーん、お団子一つねー!」 「おじさーん、お饅頭も追加ー!」 そう、花より団子の年頃でもあった。 町の活気にあてられて、茜はごきげんである。 (るん♪来てよかったなー。なんとなくうきうきしちゃう。藤丸も来ればよか・・・) と、何気なく思った時、茜はハッと気づいた。 (いっけなーい!忘れちゃうところだった。そうよ、なんのためにここへ来たのやら・・・宝を取ってくるためじゃない! どうしよう?・・・えーと、えーと・・・まず、相手を知っておいた方がいいよね。知らないよりは。・・・とすると、町の人に聞く・・・という手がある。うん、そうだ!それよ!) 考えがまとまると、いてもたってもいられなくて茜は早々に店を出た。 それから、茜は幾度か道行く人や道端で立ち話をしている人々に声をかけては、ここの殿様や宝のコトを聞き出そうとするのだが、なぜかうまくいかない。いつも逃げるハメになる。 それもそのはず、茜は単刀直入に言い過ぎるのである。 さりげなく・・・と思っているのは本人だけなのだ。 例えば、こんな風である。 「ねぇ、お殿様の好きなモノって何かしらね?」 「そりゃあ、おめぇ、殿様だって人間だからよ。おいしい食い物じゃねぇのか?」 「いやいや、近頃遠い国から取り寄せた壷がお気に入りだって噂だ」 「あら、あたしは刀だと思うわ。きっと二つとない名刀よ」 ・・・などなど、町の人々は話のタネにするのだが、 決まって最後には彼らは口をそろえて言うのである。 「それで、なんであんたはそんなコトを聞くのさ!」・・・と。 当然、茜は焦る。 「やだぁ!何よ、その目はっっ。別に何もないわよ!ホントよっ」 「かわいい顔して・・・もしかすると、もしかするかもよ」 「あのぅ、その、もしかすると・・・っての、なんでしょう?」 「ずばり!女盗賊よっ!」 と、言うが早いが、茜の腕をぐわしっと掴む。 「そ、そんな!誤解よ!話せば分かる。ねっ、待ってよ!ねえったら」 「いいや、待つ必要はねえ!ひったてていってやる」 彼らは今にも茜を引きずっていこうとする。業を煮やした茜は・・・・ 「もう!やだって言ってるでしょ!この、分からずやっ」 腕を振り切ると同時に、その姿をパツと消してしまった。 驚いたのは町の人たちである。 「げっ!消えた!? そんな、まさか、たしかに今この手で・・・ 夢・・・だったのか?」 と、一人の男がもう一人の男の頬をつねる。 「っててて・・・!何しやがるんだ!」 「夢・・・じゃねえ。とすると・・・ぶるる・・・か、考えたくもねえ!」 男は身震いをした。 「きっとありゃあ人間じゃねえ、化け物だ。でなきゃ、なんだっていうんだ?」 「おー怖い怖い!昼間っから化けもんが出るなんて世も末だ。恐ろしくて歩けねえよ」 「帰ろ、帰ろ、おお怖い!」 彼らは一刻も早くそこから立ち去りたいかのように足早に散っていってしまった。 そんな彼らを上から見下ろしている者がいた。茜である。 「もう、人を化け物扱いにして、失礼しちゃう!あんたたちの方がよっぽど怖いわよーだ! ・・・・それにしても、危ないところだったなぁ!ちょうど木があって助かっちゃった。 まさか一瞬にして木に飛び乗るなんて、普通だったら思いも寄らないコトだもんね。 ふふv こーいう時って便利よね。逃げ足は速いし、やっぱ盗賊に向いてるのかしら」 なんて、優越感に浸る。と、同時に 「・・・だけど、どうしていつもバレちゃうんだろ?不思議だわ〜」 と真剣に悩む茜であった。 (やれやれ、先が思いやられる・・・) ふと、聞き覚えのある声がかすかに聞こえた。 「え・・・? 藤丸?・・・まさかね、空耳よね。・・・うん、空耳だ。 第一、あんな薄情者が来るはずないしー。 『藤丸のぶあっかやろー!』なーんて言っても聞こえないもんねー!きゃははは・・」 と、声高らかに笑う茜。 ボキッ! どこかで枝の折れる音がした。 ◇ ◇ ◇ (結局・・・なーんにも分かんなかったわ・・・) 人通りの少なくなった道を歩きながら、茜はカツンと!石ころを蹴っ飛ばした。 もう、夕暮れ時である。 (そりゃ、そうよね。よく考えたら町の人が誰でも殿様に会えるというわけでもなし。 お邸の中のコトまで知っている方がおかしいんだわ。 こうなったら、直接乗り込むしかないわね。そうよ、始めからそうすりゃよかったのよ。 あたしってバカーッ!) 自分で自分の頭をポカリと叩く。 (・・・けど、今日はもう遅いし、なんだかドッと疲れちゃった。 どっかに泊まって、明日がんばろっかな・・・) そう考えて茜は宿を探した。 ◇ ◇ ◇ 「−では、ごゆっくりなさいませ」 宿の女中が夕飯を下げたあと、茜は何するでもなく一人部屋に座っていた。 (疲れた・・・宿を取った・・・食べた・・・そして・・・それから−?) (・・・・・) しばらくぼーっとしていたが、突然すっくと立つと 「寝よ」 と言ってそそくさと布団にもぐった。 し――――ん。 静かである。 時折、遠くの部屋から楽器の音や人々の笑い声が聞こえてくるが、 それがいっそうここの静けさを強めていた。 しばらくして・・・ それに耐えられなくなったのか、茜はもぞもぞと動きプハッと布団から顔を出した。 (ダメだ・・・寝らんないや。・・・静かなのがこんなに気になるなんて・・・) 少しの間天井を眺めていて、不意に茜は叫んだ。 「あーやだやだ! 早く寝よーっと! 明日は頑張るんだからね!」 首を振ると、茜は再び頭の上まで布団をかぶり目を閉じた。 そのあと五、六回寝返りをうつと、ようやくすーすーという寝息が聞こえてきて 茜は眠りについたようだった。 −明日、茜はどうやって宝を手にいれるのだろう? |