《其の二》



『やーい、拾われっ子』
『やーい、山寺の拾われっ子』

数人の少年たちが、一人の少女を囲んで囃し立てる。
それは夕暮れ時。やがて誰もが家へ帰ろうとする一時。
少女は涙が出るのをこらえて自分を奮い立たせる。

『なんだって!?もう一度言ってごらん。ひっぱたいてやるから!』
『何度だって言ってやらぁ!拾われっ子』
『おまけに歯は犬みたいにとんがってさ。頭にだって・・・』

言い終わらないうちに、少女の手が少年の頬にのびる。

『!!!』
『いってぇーっ!何しやがるっ!』
『何よ!もう片方もはたいてほしいわけ?
群がって一人をいじめるなんてさーいてーっ!
一人じゃなんにもできないくせに!』
『なにぃ!』

逆上した少年たちが少女につかみかかろうとしたその時、
慌ててこちらへ走ってくる人物がいた。

『あ、おいっ、あれ・・・・』
『やっべー、和尚だ!』
『和尚が来たぞ!みんな逃げろーっ!』


ワ――――ッ!!

声と同時に少年たちはまるで蜘蛛の子を散らすように駆けていった。

『おじいちゃん・・・』

近づいてきたのは、唯一少女を慈しんでくれる存在。

『大丈夫か、茜・・・。
本当にあやつらも困ったもんじゃのう・・・』

ため息をつく老人の隣で、少女は唇を噛み締める。

『・・・あたし、どうしてみんなと違うんだろ?
・・・そうじゃなかったら、あんな奴らにあんなこと言わせないのに・・・。
なんであたしには・・・・』

老人はやさしく少女の髪をなでた。

『茜・・・なにもお前にやましいことはないんじゃよ。
たとえ外見が違おうとも所詮人間は骨と皮じゃ。
要は心。心次第で人にも獣にもなる。その点茜は大丈夫じゃ。
心優しい子じゃとわしは知っておるからのう。
・・・お前の親だとて、きっとお前のコトを案じておるはずじゃ。
決して捨てたのではない。
こんなかわいい子を捨てる親などおるものか』
『・・・そう・・かな・・・』

少女はつぶやく。微かな希望を持って−

『ああ、そうじゃとも』

答える声に祈りをこめて。

−そうだと・・・いいな・・・



            ◇    ◇    ◇



チチチチ・・・・ピチュピチュ・・・

朝を告げる小鳥たちの声が茜の部屋まで響く。
しかし、彼女はまだ布団の中で夢心地でいた。
だって、何やらおいしそうな匂いまでして、目を覚ますのが億劫で・・・

(・・・え?おいしそう?!)


しばらくして、それが現実のモノだと知った時茜はガバツと飛び起きた。

「!」


茜はすぐに声が出なかった。
それもそのはず、目の前には守り役の青年がでんっと座っているからである。

(ちょ、ちょっと、なんであんたがここにいるのよ!)

朝っぱらから、しかもあたしの部屋に、あたしが寝ているというのに・・・!!

そんな茜の動揺も、彼には関係ないようで
いつも通りの様子で茜と向かい合っている。
その傍らには先ほどからのいい匂いの根源とも言うべき朝食の膳が置かれていて・・・

「おはようございます、姫。ちょうど良かった。
出来たばかりなのですよ。さ、お召し上がりを」

と、彼はその膳をスッと差し出した。

「昨夜は夕食をとらずに眠り込んでしまわれていたので、
さぞおなかのすいていることでしょうね」

そう言われれば、なんとなくおなかが淋しい・・・。
ゲンキンなもので悟った途端、きゅるる・・・と鳴って、茜は慌てておなかを押さえた。
それにしても・・・

「な、なんかやけに愛想いいわね。不気味だけど・・・
それにどうしたのよ。いつもは朝食は別室なのに、
今日はここで、しかもいつもより断然いいいい食事じゃない? 
なんか特別なコトあったっけ?」

茜が訝しげに問うと、

「腹が減っては戦はできぬ、のアレですよ」

と藤丸はすまして答えた。

「アレ・・・戦・・・?」


どうも記憶が定かでない。戦、戦と呟きながら考え込み、
突然茜は「あっ」と叫んだ。

「十五の儀!?」
「そのとおり」
藤丸はにっこりと微笑み、茜は「あちゃあ・・・」と顔をしかめた。

「ですから、精をつけてもらうため私がわざわざ朝早く作ったのですよ」

「ええっ!? あんたが? これを?
・・・・毒でも入ってるんじゃないでしょうね」
「・・・・・・・いらないのなら、お下げします」

そう言うや、彼は膳を持ってスックと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと!誰も食べないとは言ってないじゃない! 
何よ、早合点しないでよね。誰がそんなもったいないコトするもんですか! おまけにめったにあるもんじゃないわっ!」

あとの方はしっかりと聞こえなかったが、
それを聞くと藤丸は再度膳を置き直し、自分も座った。

「さ、どーぞ」
「・・・んじゃ、いただきます」

いつも憎まれ口ばかりたたいているから、こういう時って妙にバツが悪い。しかし、ものは試しということで・・・
お芋の煮っころがしを箸でブスッと刺して、ポンと口の中に放り込んだ。
もぐもぐ・・・ごっくん。さてお味は?

「おいし―――っ! おいしいわよ! 藤丸」

茜は思わず叫んで箸をぶんぶん振り回した。

「それは結構。・・・しかし姫、汁が飛んでます」

と、青年は頬についた汁をぬぐった。

「あ、ごめん。・・・でもホント、なかなかやるじゃない、見直したわ。
あんたってあたしのお守り役なんかより炊事役の方が向いてるんじゃない?」

そう言っている間にも目の前の食べ物がどんどん茜の口の中へ消えていく。

(驚いた・・・藤丸ってこんなコトもできるんだ。あたし負けそー。でも・・・)


「前から思ってたけど、ふつー姫君ってのは侍女・・・とかが、
何もかも周りの世話ををするもんじゃないの?
まあ、人間と鬼じゃ違うのかもしれないけどさ。
なんであたしにはあんたがついてるわけ?」
「ああ・・・それは・・・。
初めてここへ来た時、姫は大暴れしたでしょう?邸中めちゃくちゃにして・・・。
その様を見て、あんな手のかかる姫はごめんだ、
と誰も姫に近づかなくなったんですよ」
「ぐっ!」
「で、貧乏くじのの当たったこの私が、姫を手なずけるように言われまして・・・」

「ちょっと、手なずけるってね。あたしは牛や馬じゃないのよっ!」

あまりの言い草に茜は怒鳴るが、彼はあっさりと言い切ってしまった。

「いいえ、姫は立派なじゃじゃ馬ですとも」
「あ、あ、あんたね―――っ!」

・・・とかなんとか言いながらも、
結局食べ物には勝てずに全部たいらげてしまった茜であった。





「・・・ごちそうさま」
「じゃ、出発のお支度をなさってください」
「は?お支度を・・・って、あんたは行かないの?」

それを聞いた藤丸は呆れた顔をして、

「は?・・・じゃありませんよ。何のための儀なんですか?
−それとも姫は私について行って欲しいとでも?」

と、ちろっと横目で茜を見る。
それに気づいた茜はカッと赤くなった。


「じょ、冗談じゃないわよ!コロッと忘れていただけじゃない!」
「コロッと、ですか?・・・なら、いいんですけど。
ああ、そうでした。町へ行くのなら『栗きんとん』を使えとのコトです。
本来なら走って行けというところですが、特別の配慮だそうです。
え?『栗きんとん』ですか?空を飛ぶ雲のような道具といえば、分かるでしょう。
他に質問は?・・・ないですね。では、ごきげんよう」
「あの・・・?ちょっと、それだけ・・・?ちょっと、藤丸―」

言うだけ言って、非常にも彼は膳を持ってさっさと出て行ってしまった。
一人残された茜は・・・


「・・・。フンだ、いいわよ。やってやろうじゃない!
藤丸なんかにぜ〜ったいバカになんかさせないからねっ!
見てらっしゃい。鬼だろうが、蛇だろうが、ど〜んと来いってのよ!」

と、そこまで啖呵を切った時、茜は気づいた。

「あ、そーいや、あたしも鬼だっけ・・・?!」

とまあ、とにもかくにも茜は後に引けなくなってしまったのである





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