「おい、聞いたか?
木曽の巴御前って女のくせに
強弓もひけて、男の首なんかもねじ切るって話だぜ」
「すげーよなあ・・・!どんな腕をしてんだろ」

お使いに出た先でそんな噂話を耳にし、
巴は思わず開いた口が塞がらなかった。

(ウソばっかし・・・!)

巴は憤慨する。

(何言ってんのよ!!
巴なんかっ、顔は笑ってるけど
馬なんかっ、乗ってるだけで精一杯だし!
本当はお尻だって痛くてしょうがないし
鎧だって動きづらいし、刀だって持ったことないしっ
手だって血で汚したことなんかない。

誰が好き好んでむさ苦しい男達の中にいるもんですか!
第一、愛妾ですってぇ〜っ!?冗談!

そうよ!
元はと言えば、義仲があんなことを言わなければ・・・)


と、巴は唇を噛み締めた。



         ◇      ◇      ◇



あれは数ヶ月前のことだった。
珍しく義仲が、兄ではなく自分に用があるとやってきて、とんでもないことを言い出した。

「頼む!巴。このとおりだ!
そんなに深く考えなくったっていいんだってば!
ただ馬に乗ってりゃいいんだからさ」

その言葉に巴はカチンとくる。

「その馬が問題なんじゃない!
大体、どうしてそんなことをする必要があるの!?
女が戦場に赴くなんて聞いたことがないわ!」


巴の剣幕に義仲はウッと言葉につまる。

「どうしてって・・・そりゃあ、お前・・・
軍場が華やかになるだろ?」


思わず巴は義仲を殴りつけた。
そんなことで!
そんなことでぇ〜!?

「何言ってんのよ!アンタは!」

真面目に話を聞いた自分が馬鹿だった。
巴はすっくと立ち上がり、部屋を立ち去ろうとしたが。

「まあまあ、巴。話を聞けよ」

思わぬ声に、巴の足は止まった。

「兄様!?」

振り向くと、巴の兄であり、義仲の乳兄弟でもある今井兼平が立っていた。
彼は巴にもう一度座りなおすよううながし、自分もまた義仲の隣に座して言った。

「あのな、巴。
お前も知っているだろうが、こー見えてもこいつは一応源氏の御曹司なんだな」

その横で「一応は余計だろ」と義仲がボヤく。


「つまり、源氏の世なら天下もとれるということだ。
だが、唯一の・・・じゃない。
最も強力なライバルが伊豆の頼朝だ。
平家によって流されたが、北条氏の一姫との縁組により大きな後見人を得たわけだ」

と、兄は一端言葉を切った。
伊豆の頼朝・・・
面識はないが、その名前に巴は聞き覚えがあった。

たしか義仲の従弟だった気がする・・・
兼平はさらに続けて言う。

「平家の時代はもう終わりだ。
朝廷の命を受け、各地で平家打倒の旗をあげるだろう。

聞くところによると、関東の武士達は頼朝の元へ集っているという。
『源氏』の名が呼ぶんだ。
だが、それならば義仲とて同じ・・・
だが、『大将は一人でよい』
・・・まあ、あちらもそう思っているだろうが・・・
それゆえ、我らも遅れをとってはならぬのだ。
しかしながら、我らが陣営はその精鋭さではひけをとらぬが、木曽という山中であるためか、はたまた義仲に人望がないのかいまいち影響力に欠けるんだな、これが」

巴が黙って耳を傾けていると、兼平はようやく本題とばかり目を光らせた。

「そこで、我らが女武者の登場だ。
巴、お前だよ」

指を指され、あらためて巴はギョッとした。

「冗談!だから、なんであたしが!?」

そうだ。別に自分じゃなくてもいいではないか。
木曽に女が自分しかいないわけじゃない。

「だって、巴が最適なんだよね〜v
家柄といい、容姿としい、年頃といい・・・」

気が付くと、巴の手を義仲が握っている。

「!」

巴は慌ててその手を振り払った。
なんか無性に腹立たしい。

「何よ!それっ
馬鹿にしてるわ!どこぞの白拍子じゃあるまいし。
第一、素人がいても足手まといになるだけよ!」

そんな巴の言葉にも義仲たちは動じない。

「大丈夫!巴はな〜んにもしなくてもいいから。
そこにいるだけで俺達がんばっちゃうv」

義仲が笑顔でそう言うと、兼平も口をそろえる。

「そうそうv 巴はみんなの姫君なんだから。危険なんかないない」

笑顔でそう言われ、巴は頭痛がした。

まったくあの賢い兄でさえ、義仲に感化されているなんて。
さすが乳兄弟というべきか。
脱力しつつ、巴は最後の抵抗を試みた。

「〜〜〜で、でも、あたしはお断りだわ!
誰か他の方にしてちょうだい」

言いながら、巴はいいことを思いついた。

「そうだわ!兄さまが女装したらどうかしらv」

妹からいきなり話を振られて、兼平は動揺する。

「お、おい。巴・・・」

乗りのいい義仲もポンと手を叩いた。

「うん、お前なら似合いそうだ」
「おい、義仲!?」

だが、義仲の鼻を伸ばした「やっぱ、女子(おなご)の方がええな〜v」という言葉で結局却下された。

まったく真面目なんだか、不真面目なんだか分からない二人だ。
巴は息をつく。
幼い頃から一緒に育ってきたとはいえ、元服してからの兄たちはどうも大人にまじって行動することが多くなり、自然近寄りがたくなったせいでもあっただろう。

そんな巴の様子を義仲はしばらく眺めていたが。
ふと。真剣な面持ちで巴に言った。

「巴・・・そんなにイヤか? 俺と一緒に来るのは」

その言葉に巴は思わずドキリとした。
なぜそうなったのか分からない。

「そっ、そんなこと関係ないじゃない!」

見すかされたくなくて巴は視線をそらした。
が、義仲は気にした風もなくにっこりと笑い、巴の肩にぽんと手をやった。

「なら、いーじゃんか。俺を信じなさいって」
「え・・・?」

見ると、義仲はまた真剣な面持ちに戻って巴を見つめて
こう言ったのだ。

「巴・・・俺がお前を守ってやる
お前を危険な目にあわせない。お前の手を汚すこともない。
誰もお前に触れさせない。誰もお前を傷つけることはできない」

それは調子のいい義仲の言葉だったけれど
別に将来を誓った間柄でもなかったけれど
それでもずっと一緒だった義仲の言葉だったから

だから巴は・・・・

巴はここ・・・京までついてきたのだ。




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