ふう、と巴はため息をついた。 木曽の山から京の都へやってきて ずいぶん日は経ったものの、やはり巴は慣れなかった。 しかも外に出るたび まるで見世物のように京の人々の視線を感じ また聞きたくもない話が耳に入るものだから あまりいい気分ではない。 (何よ、義仲の嘘つき。あんなこと言ってたのに・・・) 最近は義仲とろくに会っていない気がする。 いろいろと忙しいのはわかるけど・・・ 義仲の顔を思い出して ふう、と巴がまた1つため息を落とす。 こんな自分は、誰にも見られたくない。 だからこそ、巴は落ち込むといつも1人庭木の下で隠れていた。 はずなのに。 「巴・・・・?・・・なんだ、ここにいたのか。 戻ってこないから心配したぞ」 背後から声がして、巴はハッと顔をあげた。 「兄様・・・」 それは兄の今井兼平だった。 この兄はなぜかいつも自分の居所を見つけてしまう。 だからかもしれない。 兼平の顔を見るとなぜだか巴は安心した。 兼平は巴の表情を見て取り、「ん?」と首を傾けた。 その兄の優しいしぐさに 巴は困ったように微笑んで首を振った。 「なんでもない。ただ、木曽が懐かしくて・・・」 巴が言ったのは、ただそれだけだったのに。 「ああ・・・」 兼平はそうつぶやくと、そっと巴の隣に腰をすえた。 二人が並んで見る景色は天子が住まう京の都・・・ 来るまではさぞや美しい都なのだと思っていたけれど。 実情はそうではなかった。 木曽の軍は揚々と都へ入ったけれど すでに都は戦で荒れ果て、人々の心もまた然り・・・ 自らを喜び迎えてくれるとばかり思っていた木曽の兵たちは 気をそがれ、飢えを見たすために強奪・暴力を繰り返し いつしか都人からも忌み嫌われるようになってしまった。 「そうだな・・・ 俺たちは勢いに任せて都まで来たけれど その都がこれだけ荒れていてはな・・・」 こんなはずではなかったとでも言うように兼平はつぶやく。 難しいことは巴にはわからない。 けれど、兼平はそんな巴に厳しい表情で告げたのだ。 「だが、後戻りはできない。 俺たちのもとに、義仲がいる限り・・・」 「兄様・・・」 その言葉に、巴は言い知れぬ不安を感じた。 いったい自分たちはどこへ行こうというのか。 だが、真実、兼平が懸念していた以上に、事態は悪化していたのである。 |
それを知った義仲は当然のことながら激怒した。 「ふっ、ふざけんじゃねー!!あのクソ坊主! この俺を『討て』だぁ!? 誰が京から平家を追い出したと思ってるんだっ それもよりによって、頼朝に命じるとは はっ、笑わせるじゃねーか!」 怒りに震えながら文をクシャリと握りつぶして憤る義仲に、傍らで聞いていた兼平はため息をついた。 「それで・・・気は済んだか?」 その言葉に義仲は、キッと兼平をにらみ付け かみつかんばかりに詰め寄った。 「兼平!お前っ・・・ 悔しくないのか? ええ!?」 だが、兼平は動じることもなく むしろ淡々とした表情で答えたのだ。 「・・・悔しいとも。 だが、これで・・・」 一呼吸置いて、言い聞かせるように兼平は言った。 「我らも『朝敵』だ・・・」 ―『朝敵』― その言葉に、義仲はハッとする。 ひとたび朝廷の敵となってしまったら・・・ あの平家のように、 過去の栄光も朝廷への貢献もすべて意味はない。 邪魔者退治の名目。 その「朝敵」に、自分達がなったというのか。 義仲は怒りにまかせてダンッと畳にこぶしを打ちつけながらも、なお兼平に言った。 「きさま!・・・だからと言って このまま殺されるのを待てというのか!? 冗談じゃねーぞ!」 「冗談じゃないから困るんだ。だからこそ」 兼平はともすれば義仲と同様に激してしまう自分を抑えるかのように、静かに義仲に言った。 「だからこそ、現実を見つめなければ・・・・」 決して義仲を非難しているわけではなかった。 正義なんて、勝った者の言い分で通る世の中。 言い換えれば、生き残った方が勝ちなのだから。 義仲は、ニヤリと笑った。 「兼平。俺は・・・生きるぞ」 「ああ・・・」 決意を新たにした二人を 巴はずっと傍らで見ていた。 そう、見ていただけだった。 なぜ、どうして。 いったい何がどうなってしまったのか。 いつもいつも。 兄と義仲が一緒にいて、自分にはわからない難しいことを目の前で語る時は、決まって巴は疎外感を感じてしまう。 しかも、今は生死をかけた問題に直面しているのだ。 それなのに、巴はなんの役にも立てなくて。 何もしなくていいよ、と言われたけれど。 誰だって、好きな人の力になりたい。 なのに、こんな役立たずの巴なんか一緒にいたって・・・ 巴はぐしぐしと目をこする。 と、その時。 「と〜もえv どしたのさ」 呼ばれたと同時にぐわしっと背中から義仲に抱きつかれる。 思わず巴は「ひっ」と声をもらし 条件反射で義仲を殴っていた。 「何すんのよっ!」 表面上はぷんぷんと怒っている巴だったが 心の中では先ほどの考えが頭から消えなかった。 どうして? どうして、巴はここにいるの? (後悔しなければ、いいけれど・・・・) どこかで声がした。 (後悔?) (誰が―?) ・・・・誰が後悔すると言うのだろう。 いつのまにか 義仲はそんな巴をじっと見つめていた。 |