木曽の軍勢は精鋭の集まりながら
わずか二千騎

対して頼朝率いる鎌倉軍は
六万騎

数の上でも勝てるはずもなく
木曽軍はことごとく敗れ果てる――






気がつけば、
巴のそばにはもう身近な人しかいなかった。

「とうとう、我らだけになってしまったな」
「・・・・」
「義仲」
「・・・・」
「巴」
「・・・・・・」

黒煙が遠く見える崖の上で
静かになった辺りを見回し、兄・兼平がつぶやいた。

その言葉に、巴は何も答えられなかった。
けれど、義仲は唇をかみしめたものの
なお言葉を失わなかった。

「だが、俺は木曽の大将だ。
簡単にやられるものか、最期まで戦うつもりだ。
だが・・・」

と、口ごもる。

「お前はどうする・・・?巴」
「え・・・・・・・・・・私?」

いきなり振られて、巴は茫然とする。

なぜ、今になってそんなことを言うのだろう。
ここまでずっと一緒に来たのに。

守ってくれるって、言ったのは誰?
あれは嘘?
今になって邪魔になった?

そんな言葉が一気に巴の脳裏をかけめぐり
何か言い返そうとした。
けれど、ふと思い出す。

(後悔シナケレバイイケレド―――)

(後悔?)

(誰ガ―――?)

そう思ったのはいつだったろうか。


ああ、そうなのだ。
巴は肩を落とす。

義仲は後悔しているのだ。
私を連れてきたことを。
足手まといになるから。
戦の役に立たなかったから――

その証拠に義仲は私から目をそらす。
巴はそう感じ、こくりと頷いた。

「落ちます・・・・・」

そう巴が言った時、義仲はちょっと息をついたように思う。
「そうか」
とだけ言って。

けれど、巴がいざ馬に乗ろうとした時
その手を義仲が取った。

「巴!」
「!」
「気を――気をつけていけよ。
それから・・・・今までありがとう」

ぎゅっと握りしめた手と
義仲の顔を見つめ
巴は涙が溢れそうになった。

今生の別れのような言葉。
ねぎらいの言葉。
けれど、そんな言葉が聞きたいわけじゃなかった。

「いいえ」

もっと違う言葉が欲しかったのだと思いながら
そうして、巴は一人去って行った。


「行ったか・・・・」
「ああ・・・」


残ったのは今井兼平と、義仲の二人。
義仲は頭の兜を取ると、馬の背をなでながら大きくため息をついた。

「巴にはすまないことをした。
こんなところまで連れてきて――
俺のわがままのために・・・・」

眉根を寄せながらそう口にする義仲を、
乳兄弟の兼平は腕を組み、淡々と眺めていた。

「確かにな。巴にはあんなことを言って誘ったけど
俺だってホントはお前が巴を連れていくと知ってびっくりした口だからな」
「すまない、兼平・・・」
「けどな、実を言うとさっき俺は少し期待していたよ」
「?」
「巴が一緒についてきてくれることをさ」

その言葉に義仲は顔をあげる。
だが、兼平は義仲を見るともなく言葉を続けた。

「そうだな。お前が一言、言えば・・・
巴はおそらく俺達とともに残っただろう。だが、お前は言わなかった。
いや・・・言えなかったのか」
「そうだ、俺は言えなかった」
「なぜ?」
「俺にはもう・・・巴を守れない」

あんなに大層なことを言ったのに、この有様だ。
一緒にいたくて無理に連れてきたのに
敗戦の将では巴を守れない。
みすみす、敵の手に渡してしまうのがオチだ。
それよりも、巴には生きてほしい。

だから何も言わなかった。

そう義仲がつぶやくと、
兼平は初めて義仲を見据え、鋭く言いきった。

「だから・・・
だから、土壇場で巴を捨てたというのか、義仲よ――」
「――――!」

その言葉は義仲の心に深く突き刺さった。

(巴――)




     ◇      ◇      ◇




巴は一人――
人目を忍びながらに馬に乗って力なく歩いていた。
辺りには戦の影響で焼け焦げた跡がいくつもあり
倒れた人や馬の死骸があちこちに残ったままだった。
うめき声をあげるものも、もはやない。

不気味な静寂がしばらく続いていたが
不意に、何者かが巴を襲った。

「うぉおおおおお!!!」

大声をあげて、男が巴に斬りかかってきたのだ。

敵の残党だ――

そう思った瞬間、
巴の頭は真っ白になった。

怖い・・・怖い・・・怖い・・・!!

助けて、助けて、助けて――――――

「いやぁああああ・・・・・!!」

叫びながら
無我夢中で手にした槍を振るった。
恐慌状態に陥り
もう何がなんだかわからない。


ザシュッ・・・

その時
手に鈍い感触があり、ピッと何かが頬にはねた。

・・・・・・・・・

気がつくと巴は
ハアハアと息をつきながら地にへたりこんでいた。

いったい、どう・・・どうなったのか。

巴の頭に何かがぐいと押しつけられ、ハッとする。
・・・馬の鼻だ。

だが、別の不快な感触におそるおそる頬に手をやり、
赤い色を確認するや愕然とした。

そして目の前に倒れている男の躯に気づき
思わず吐き気が込み上げる。

「うっ・・・っ・・・っ」

苦しいのか、悲しいのか、もうわからない。
分かっているのは、
もう巴を守ってくれるものは誰もいないということだけだった。




       ◇     ◇     ◇




(俺が・・・巴を捨てた・・・・?)

兼平の鋭い視線に耐えられず、義仲は首を大きく振った。

「ち、違う!!
俺はただ、巴を死なせたくないんだ!!」
「そうか?
だが、いずれにせよ、この戦場で、巴が・・・
名前だけの女武者だった巴が、一人生き延びることができるか?
・・・同じことだ
お前はもう巴を守ってやれない」

巴ハ守ラレルコトニ、慣レテシマッタ――

「俺のせいか・・・」

義仲は唇を噛む。
たしかに自分は間違っていたのだろう。
戦に連れてくるのならば、守るより少しでも戦い方を教えたほうが巴のためだった。
微笑んで男を待つだけならば、連れてくる必要はなかったのだ。
それもこれも、みんな自分の欲望の浅はかさ・・・か。

「・・・だからって、今更どうしろっていうんだ、この俺に」

投げやりに自己嫌悪に陥る義仲を見て、
兼平は目をそっと伏せた。

「何も―
ただ、俺も少々この状況に疲れてきてな」
「兼平・・・?」

怪訝そうに見る義仲に
兼平はふと笑みを見せた。

「なあ、義仲。
自害とか、最期まで敵と刺し違えてでも戦うとかいう方法もあるけどな。
こんな風に崖っぷちに立った人間が
今更、武士の誇りや意地や見栄なんか考えても、仕方ないだろ?」

そう言う兼平は さきほどの鋭さが嘘のような、
何かをふっきった表情だった。

そうして、二人は駆けてゆく。




心の向くままに。







戻りたい・・・・






そう願うなら、もう一度





              あの陽だまりの中へ―――――







           「巴、一緒に行こう!」






――二人は巴に駆け寄ると
涙であふれる彼女の手を、今度こそしっかりと握り締めた。











《あとがき》
大昔の当時、友人に漫画を見せたら、「なんか義仲、情けないよね」って言われました。私もそう思います。なんでこんな奴にしちゃったのか謎。っていうか、私が描くとみんな情けない男になるんだよなあ。とにかくこの話では「弱い巴御前」が書きたかったんです。
ちなみに私の頭の中では、兼平兄ちゃんの方が美形でお気に入りでしたvv
文章化にあたっては、漫画とは表現が違うので、苦労しました。

★当時描いた4コマのパロがあります。(散花抄も)
雑な絵だけど、見たい方はまた言ってねv




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